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Special Interview -Mr.Semana-
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プロボウラー並木惠美子の生みの親とも言える初代コーチ、Mr.Semanaに当時の思い出を伺いました。
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出会い
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私は当時、昼間は仕事をし、夜は阿佐ヶ谷や目黒などいろんなボウリング場を廻ってお客さんに ボウリングを教える仕事をしていました。
エミコは一番初め、阿佐ヶ谷のボウリング場に男友達と3〜4で来ていました。
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初対面の印象
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何も考えていない自己流だったけれど、エミコは一生懸命どんどん投げていました。この子は教えたら何でもやるんだろう、そして早く上手になるだろうと思いました。
そのうちにエミコが「私の投げ方はどうですか?」と訊いて来たので、「教えたら上手くなるよ!」と答えましたよ。
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Mr.F.E.SEMANA 81歳
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レッスン
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僕の教え方は、最初は好きにやってごらんと言ってフリーの気持ちにさせるのです。先生と思ったら硬くなるからフレンドリーに、ボーイフレンドみたいな感じで接するのです。学んでいけば、どこをどうしたらストライクになるのか、解ってくるんだからね。
エミコはとにかくボウリングがものすごく好きだった。そしてボールのスピードがとても速かった…最初はバックアップボールだったけど、どこに落としてもピンアクションでストライクになるようなボールだったので、最初からこの子はプロになるだろうなと思いましたよ。
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プロテストを受けることになって
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エミコを品川や五反田に試合に連れて行った時、まだまだ基本を解っていなかったけど、エミコは強いボールを投げていたので、ストライクをたくさん出していました。1番2番ならもちろんストライク1番3番(ブルックリン)でもストライク。
そのうち周りが「セマナさん、あの子、あんな投げ方でいいの?プロテスト受けるのに?」と訊いてきたりしました。そう、とにかく周りはコメントが多いし、型にハメたがる連中ばかりだった。
私は「彼女はボウリングが大好きだから。自分のモノとしてボウリングをやっているから、ほっといて大丈夫。」と答えたし、エミコには「今は裏(ブルックリン)でもいい、プロになってから学べばいいんだから。」と言っていました。
それから、たくさんの知り合いや男子プロや常連さんなどからいろいろ言われてしまう阿佐ヶ谷の環境からエミコを離すために、僕がよく教えに行っていた目黒のパークレーンに連れて行って、支配人に頼んでエミコをそこで働かせて貰うことにしたんです。そこでエミコを育てることにしたんです。
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こんなことも
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プロテストを受けることになって、エミコがテスト会場である後楽園と五反田に練習に行った時、須田さんとか中山さんとか、スゴイ人たちの練習を目の前で見て、でも自分は全然スコアが出なくて、悲しくなったんでしょう、「もう止めたい」って僕の仕事場に泣いて電話してきたことがありました。
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その時はエミコに自分で考えさせるために、あまりアドバイスしませんでした。でも彼女の心の中に「プロになるまでやんなきゃ」っていう思いがあったと思います。止めなかったね。
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プロテストに合格して
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エミコはプロになってライセンスを貰って「私はプロなんだ」と自覚して、ちゃんとそういうハートになりました。子供から大人になるみたいにね。
そしてそれからは自分で勉強して行きました。私はエミコに「エミコはきっと強くなるよ」と言いました。
そしてエミコがプロボウラーになったことで、周りは「セマナさんすごいねー!」ってみんなが褒めてくれました。エミコが頑張ったからだけど、僕はとても誇りに思ったし、嬉しかった。
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忘れられないエピソード
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エミコがボウリングすることは最初は彼女の親御さんが反対していました。お姉さんも初めは反対だった。当時ボウリングはあまり知られていなかったし、不良の遊び場になっていると思われていたのでしょう。
それで僕が親御さんのところに行き、ボウリングは女性のスポーツとして安全、安心であることを説明して、もしそれでも反対なら、僕がエミコの親になるから、預けてくださいとお願いしたのです。
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これからも
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僕はこれからもレッスンをやって行きたい。大好きなボウリングを広めるために。
初めての人、これからの人、プロになりたい人…ジーさん、バーさん、一般、ガキ(笑
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並木プロのコメント
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セマナさんとの出会いを振り返って
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セマナさんは私を守るためにいつも盾になってくれました。こうしなさいという教え方ではなく、包んで上手く誘導してくれるような。
プロになってすぐ仕事がなかった時、セマナさんに付いていってレッスンのサポートをしたりしました。
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彼は大好きなボウリングをもっと広めたいという精神の元、型にはめることなく、そして誰も彼も分け隔てなく接し、それぞれに的確なアドバイスをしていました。
時にはフラッと現れて、乞われていない人達にもスーッと自然に近づいていったり、そんな取り回しや口では説明できない微妙なニュアンスなど、たくさん学ばせて貰いました。
今の私のレッスンノウハウのベースにはセマナ・スタイル…とってもとっても大きな財産となっています。
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